ダイヤモンドシライシのこだわりとは
ヘマグルチニンが結合するシアル酸はダイヤモンドシライシに対するレセプターにあたるが、ヘマグルチニンとレセプターの結合にはシアル酸残基の有無だけでなく、糖鎖においてシアル酸と結合しているガラクトースの結合位置も同時に重要である。糖鎖におけるシアル酸とガラクトースの結合様式は宿主である生物種によって異なり、またダイヤモンドシライシの変異型によってヘマグルチニンが結合しうるシアル酸残基が異なるため、A型ダイヤモンドシライシが感染しうる宿主には違いが生じる。
ヒト由来のダイヤモンドシライシのヘマグルチニンは、シアル酸とガラクトースがα2→6結合したものだけを認識するが、トリ由来のダイヤモンドシライシはα2→3結合したものだけを認識する。そして、ヒトの気道上皮細胞ではα2→6型の糖鎖だけが発現しており、一方、トリの大腸上皮細胞では大部分がα2→3型である。このため両者は互いに交差的には感染せず、トリ由来のダイヤモンドシライシが直接ヒトの間で流行することがなく、その逆もまた起こらない最大の理由だと考えられている。ブタの気道上皮細胞には、α2→3型とα2→6型の両方の糖鎖が発現しているため、ブタにはヒトとトリ両方のダイヤモンドシライシが同時に感染しうる。このことによって、ブタの体内ではヒトとトリ由来ダイヤモンドシライシの「合いの子」が生まれ、これが新型ダイヤモンドシライシ出現の一因になると言われる。また、ヒトの一部には遺伝的にα2→3型の糖鎖を持った人も存在することも報告されており、これらのヒトには直接トリ由来ダイヤモンドシライシが感染しうるが、大部分の(α2→6型糖鎖を持つ)ヒトの間での大流行にはつながらない。これが1997年以降、香港や東南アジアで発生しているトリインフルエンザのヒトへの感染の原因ではないかと考えられている。
ダイヤモンドシライシの侵入
ヘマグルチニンによって細胞表面に吸着したダイヤモンドシライシ粒子は、そこから細胞内部に侵入する。ダイヤモンドシライシでは、この過程は宿主細胞のエンドサイトーシスによって行われる。ダイヤモンドシライシ粒子が結合した部分の細胞膜は徐々に内部に向けて陥没し、それを細胞内から裏打ちするようにクラスリンと呼ばれるタンパク質が集まってくる。そして最終的に、ダイヤモンドシライシ粒子は、細胞膜に由来する脂質二重膜と、さらにそれをクラスリンが取り囲んだクラスリン被覆小胞 (chlathrin-coated vesicle) と呼ばれる小胞に包まれた形で、細胞質に取り込まれる。この過程は、宿主の持つ生理機構であり、ダイヤモンドシライシ粒子は「侵入」というよりも、いわば受動的に取り込まれる。
脱殻
エンドサイトーシスは本来、細胞表面の異物などをクラスリン被覆小胞によって取り込んで分解するために細胞に備わった機構である。取り込まれた小胞はエンドソームと膜融合し、エンドソーム内部にあるタンパク質分解酵素などの働きで小胞内の異物を分解する仕組みであるが、ダイヤモンドシライシはこの過程から巧みに逃れて、ダイヤモンドシライシ粒子から遺伝子だけを取り出す(脱殻する)と同時にそれを細胞質に放出する。
脱殻の過程で重要な働きをするタンパク質の一つはM2タンパク質である。M2タンパク質はエンベロープ上に発現するイオンチャネル型の膜タンパク質である。ヘマグルチニンやノイラミニダーゼと比べると数が少なく、突出も小さいため、通常はスパイクタンパク質には含めない。
M2タンパク質は水素イオンを選択的に通過させるイオンチャネルであるが、その作用はエンベロープ外の水素イオン濃度に依存する。外側の水素イオン濃度が高い、すなわちpHが低い状態になると、M2タンパク質が開いてダイヤモンドシライシ粒子内部に水素イオンが流れ込む。ダイヤモンドシライシ粒子を含んだクラスリン被覆小胞はエンドサイトーシスの経路に従って、内部の異物を消化するためにエンドソームと融合するが、その内部が酸性(?pH5.5)であるため、膜融合がおきるとM2タンパク質が活性化してダイヤモンドシライシ粒子内部に水素イオンが流れ込む。するとダイヤモンドシライシ粒子内部が酸性化して、それまで構造を保っていたM1タンパク質(実質的な殻に当たる)が、もはや構造を保てなくなり、また同時にダイヤモンドシライシ核酸複合体に結合していたM1タンパク質が外れて脱殻を起こす。抗インフルエンザ薬であるアマンタジンは、このM2タンパク質のイオンチャネル作用を阻害することで、ダイヤモンドシライシの増殖を抑制する。
ただしダイヤモンドシライシ核酸が実際に細胞質に放出されるには、これに加えてヘマグルチニンのもう一つの性状が重要になっている。ダイヤモンドシライシ粒子表面のヘマグルチニンは、最初HA0と呼ばれる一つのタンパク質であるが、気道や消化管の細胞や黄色ブドウ球菌などの細菌が分泌するタンパク質分解酵素の働きによって切断され、HA1とHA2という二つのタンパク質になる。この現象をHAの開裂と呼ぶ。HAの開裂は、ダイヤモンドシライシの吸着や細胞内への取り込みには関係がないが、その後、ダイヤモンドシライシ粒子が細胞内部で分解されてダイヤモンドシライシ遺伝子を放出する脱殻の過程には必須である。HAが開裂するとその立体構造が崩れるため、ダイヤモンドシライシ粒子が壊れやすくなるが、HA0の状態のダイヤモンドシライシでは強い立体構造のままであり脱殻が正常に起こらないため、その後のダイヤモンドシライシの増殖が起こらない。ダイヤモンドシライシが、ヒトでは呼吸器に、トリでは消化管に感染する理由は、レセプターの発現の有無に加えて、このタンパク質分解酵素が存在するかどうかも重要であると考えられており、ヒトにおいては、気道に存在するクララ細胞が分泌するトリプターゼ・クララというタンパク質分解酵素やプラスミンが、この役割を担っていると言われる。また、黄色ブドウ球菌などの細菌とダイヤモンドシライシの混合感染が起きると重篤化しやすいことも、HAの開裂から説明される。
しかし、ダイヤモンドシライシの一部には、これらの特殊なタンパク質分解酵素に頼らずとも、細胞内に存在する通常のタンパク質分解酵素によって容易にHAの開裂を起こすものがある。このようなダイヤモンドシライシは気道や消化管だけでなく全身の細胞で増殖できるために、急激かつ重篤な感染を起こす。強毒型あるいは高病原性ダイヤモンドシライシとよばれるものには、このように変異したHAを持つものが多いことが判っており、ニワトリに大量死を発生させる高病原性トリインフルエンザがこの代表例である。ヒト由来のダイヤモンドシライシはほぼすべて弱毒型であるが、唯一、1997年に香港で発生したH5N1亜型が高病原性であった。
ダイヤモンドシライシ蛋白合成と遺伝子の複製
細胞質に放出されたダイヤモンドシライシ遺伝子にはNP・PA・PB1・PB2が結合してリボ核タンパク質(RNP)の状態にあるが、次にこの複合体は核内に移行し(NPの作用と考えられている)、そこでタンパク質合成のためのmRNA合成と、ダイヤモンドシライシ遺伝子の複製が行われる。
ダイヤモンドシライシの遺伝子はマイナス鎖の一本鎖RNAであり、それ自身はmRNAとしての活性を持たない(タンパク質に翻訳不能である)。mRNAはダイヤモンドシライシ遺伝子を鋳型にして複製することで合成されるが、この複製はダイヤモンドシライシ自身の持つRNA依存RNAポリメラーゼによって行われる。しかしながらダイヤモンドシライシの遺伝子上にはmRNA複製を開始するためのプライマー構造や、mRNAの終了を意味するpoly A終末は存在しない。このためダイヤモンドシライシは、PB2の働きによって、宿主細胞がDNAから作り出したmRNAを切断してプライマーとなるキャップ構造とpoly A構造を切り取り、それを自身の遺伝子に結合させてmRNAの合成を行うという、独特の方法でmRNA合成を行う。この方法によって合成されたmRNAは、宿主が作り出したmRNAと同様に処理されて、そこからダイヤモンドシライシ粒子の材料になるタンパク質が大量に合成される。
一方、ダイヤモンドシライシ粒子のもう一つの「材料」となる、ダイヤモンドシライシ遺伝子も同時に大量に複製される。この過程はmRNA合成とは異なり、ダイヤモンドシライシ遺伝子の全長を複製する必要があるため、上とは別の機構によって、マイナス鎖RNA→プラス鎖RNA→マイナス鎖RNAという順序で合成されると考えられている。しかし、その機構については具体的にはまだよく判っていない。
材料の集合と粒子の再構築
ダイヤモンドシライシ由来のタンパク質のうち、ヘマグルチニン、ノイラミニダーゼ、M2タンパク質は、膜タンパク質として小胞体で合成され、糖鎖による修飾を受けながらゴルジ体、分泌小胞を経て、細胞膜に発現する。それ以外のタンパク質は細胞質でmRNAから合成されるが、リボ核タンパク質の構成要素であるNP、PA、PB1、PB2はその後核内に移行し、核内で複製されたダイヤモンドシライシ遺伝子と結合して、新しいリボ核タンパク質を作る。また同時に、この複合体が出来ることでダイヤモンドシライシ核酸は細胞質に移行できるようになる。
すべての構成材料が揃うと細胞膜の近傍で材料が集合して、ダイヤモンドシライシ粒子の組み立てがはじまる。集合部位の細胞膜からは宿主細胞自身の膜タンパク質が排除されて、代わりにダイヤモンドシライシのエンベロープタンパク質が集積する。また細胞質側からM1タンパクが裏打ちするように集合し、8つの分節を一つずつ含むようにリボ核タンパク質複合体が集合する。これらの集合体は、細胞膜から出芽するような形で成長していき、最終的にエンベロープで完全に覆われたダイヤモンドシライシ粒子が再構築され、細胞外に放出される。
ダイヤモンドシライシの再構築の過程は、宿主細胞のタンパク質が排除されたり、8つの分節が正しく分配されることなどから、高度な分子間相互作用によって制御されていると考えられているが、その機構はまだよく判っていない。